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ゆとりと若者についてちょっとした自論

“ゆとり”という枕詞はもはやネタだよね?と思いながらツーチャンネルとか見てる私です。

「新卒就職に失敗したら不安定で将来性のないフリーターになるのが怖い」って、失敗の許されない我が日本国の若者達が言ってます。
いやでも、アルバイトは収入が一定じゃないのは事実にしろ、バイトの身分で突然クビ切られるなんて滅多にないし、むしろどう考えても新卒で会社員(一部の会社の)になった者の多くが低収入で働かされすぎて、そっちの方が将来不安なのでは。
いつ倒産するかわからない。過労死させられるかわからない。
社畜にされてしまう会社員。雇用契約条件は上辺であり、現場の実態を見ればそうなのではと。(社会保険など周辺整備を除いた話。)

全然若者悪くないのに、「ゆとりは根性が無い」だなんだと精神論を押し付ければ、社員教育の名目で過剰労働を正当化できていいね。
無理やり適応させるための理由になっていいね。
ふざけんな。と

しかも、先々の社会問題からメンタル問題に凝縮されてアイデンティティ障害ベースに育った現代の若者たちに、過剰労働から自分たちを守ろうとする能力もモチベーションも無いだろう。


なにも考えずにすぐ「ゆとり乙」とか言う輩、手前の選民意識が癪に障るし、無知ゆえ表面上しか考えられないことを鼻で笑いたいし、許し合いの精神などもちろん持たず商品価値的評価でしか人間を見られないところが完全に現代社会に毒されてて気の毒だし、それらを自覚していないあたり所謂イタい。
なすり付け合いに上手に使えるワードなんだなと。

ゆとり政策自体は、大きな問題でもなんでもないと私は思っていて。
発達心理とか幼少期のメンタルとかそこまで詳しくないけど、この政策を背景にした学校教育がもたらす影響なんて、人間の生まれ持つ探究心や向上心などのポテンシャルの深さから比べたら表面の一層でしかないと思う。
そんなものに単純に学力が影響を受けたりしない。
たったひとつの教育政策、それだけのせいで、無気力な子どもが出来上がるわけがないだろうが、と思います。

教育の面からではなく、学校環境内の人間関係から学ぶこと(少年犯罪とか悪友に影響されてしまうこととか)はまた別として。
それはそのうちテーマにしよう。
でも、若い頃はヤンチャしていたくせに、中年になってから本質的に生きるようになった人を何人も知っている。

社会不適合者を生み出しまくる社会なんて、人間不適合社会だ。
人間らしく生きられるはずがない。